霧湧村。 到着した時は夜中過ぎだった。田舎なので当然寝ていると思っていたのだが、連絡して置いたお蔭か灯りを付けて待っていてくれた。 民宿と言っても正式な物では無く、美良が尋ねて来てた時に、村の中を案内してくれた山形誠の家に泊まるのだ。雅史が電話して一度訪ねたいと言った時に快く承諾してくれた。何しろ目玉になるような観光産業が無いのでホテルはおろか民宿すらないそうだ。「ども、夜分遅くにすいません。 仕事をなるべく早く切り上げて来たんですが、伺う前に月野美良さんの実家に寄らなければいけなかった物ですから……」 雅史が頭を下げると、横に居た姫星も頭を下げた。「いえいえ、事情は聞いておりますから一向に構いませんよ。 こちらが先日いらした方の妹さんですか、いやあ、お姉さんにそっくりのべっぴんさんですね」 誠はニコニコしながら挨拶した。べっぴんさんと言われて姫星も釣られてニコニコしていた。「あいにくと客間はひとつしか無いんで、姫星さんは家の妹の部屋を使うと良いですよ。 東京の学校に行ってるんで、今は留守にしていますからね」 その家は誠の他には誠の父母しか居らず、広い割には部屋が空いているのだそうだ。「はい、急に無理なお願いしてすいません」 その後、応接間に通された雅史は、山形の両親に挨拶して何日か泊まる事の御礼を言った。「長旅でお疲れでしょうから、お風呂に入って疲れを癒してくださいね」 山形の母親がタオルを差し出してくれた。急な来訪にも関わらずに親切な一家だ。「わーい」 姫星は喜んでタオルを受け取り、そのまま風呂場に直行して行った。着替えは雅史のスウェットだ。大きくてブカブカになるだろうが仕方があるまい。 雅史は姫星が風呂に入っている間に、美良が村に来てからの足取りを調査をする事にした。姫星に聞かせたくない事もあるので有難い配慮だった。「当日の美良の足取りを教えていただけたら幸いです」 客間に案内された雅史は、誠を前にして早速本題に入った。「あの日は朝の十時前後にいらしたと思います。 最初に神社に行ってからお寺を回って、そのままお帰りに為られました」 誠が簡単に答えた。村の中をあちらこちら見て回らなかったらしい。「神社に泥棒が盗みに入ったと聞いていたのですが……」 雅史が尋ねる。「ええ、美良さんがいらっしゃる三日程前ですけどね、でも
誠は一冊の冊子を取りだして来た。「先生がいらっしゃる聞いて、村の長老から郷土史を借りてきました。 ご参考までにどうぞお読みください」 最初のページに粗筋みたいにまとめられている概略が載っていた。 それによると、霧湧村は江戸時代の初期に入植地とされたそうだ。それまでは猟人や修行僧ぐらいしか住み着いていなかったらしい。最初は酷い土地だったと、寺の人頭帖に書かれている。江戸の中頃まで碌に作物が育たず、村は極貧で飢饉に苦しめられていたとも書かれている。 そして、食べるのに困った親たちが、子供たちを連れて行く森があった。村から山に入って少し離れたところだ。そこで親たちは子供を手に掛ける。絶命したら山に遺体を埋めて村に帰り、村の者たちに子供が神隠しに遭ったと触れ回る。村の者も事情は似たようなものなので、何も知らぬふりをして神隠しの噂だけが残った。昔はそういう悲しい出来事があったとも書かれている。 ある時、旅の途中の坊さんにどうすれば良いのかを聞いた所。五穀豊穣を願うウテマガミ様を祀る儀式を教えられた。最初は旨くいったらしいのだが、ウテマガミ様の力が強すぎて村人が力に当てられてしまう…… つまり、発狂してしまう者が出てしまった。それで鬼門の方角に寺を建立して、力の強すぎる神様に対する結界としたらしい。「中々、興味深い郷土史ですね…… これは、美良は読んでいるのでしょうか?」 冊子から顔を上げた雅史は誠に尋ねた。「いえ、美良さんはお持ちじゃないです。 村の長老の所に尋ねた時に、東京から学生さんが来たと話したら、こういう冊子があるから大学に送ってやれと頂いたのです」 誠が冊子に付いている、村の地図を指差しながら答えた。「村の長老と言うのは、何と言う方なのですか?」 雅史は地図を見ながら尋ねた。「伊藤力丸という、ちょっと頑固な爺さんですよ。 明日、時間があるようなら尋ねてみますか?」 誠は欠伸をかみ殺す様に言っていた。もう、眠いらしい。「はい、ぜひお願いします」 雅史は頭を下げて頼んだ。「それでは手間をお掛けして申し訳ありませんが、美良の足跡を地図に示して貰えると助かります」 雅史は手元の地図を広げて見せた。「それも良いですが、明日は一緒に回りましょう。 これも何かの縁ですから、何かお役に立てそうなことなら何でもどうぞ」 誠は意外な提案をしてき
霧湧村の朝。 朝の目覚めは爽やかだ。宝来雅史は宿泊させて貰った山形誠の家の庭に居た。まだ、夜通し車を飛ばしてやって来た疲労が手足に残ってはいる。(なかなか気分が良い物だな……) それでも排ガスだらけの都会と違って、森林イオンとかいうのが空気に満ちているお蔭なのだろう。久方ぶりの開放感を満喫している気分だ。 陽の光の中で見渡す霧湧村は、噂話とは裏腹の教科書に出てくるような、田園風景が広がる美しい村だった。 村の山間から上る朝日が、まだ瑞々しい稲穂を照らし出し、これから芽吹いていく生命の賛歌を称えているように見えた。「緑が眩しいってのは初めてだな……」 そんな事を考えていると、山形の母親が朝食の用意が出来たと告げてに来た。「田舎なもんですから、大した用意は出来ませんけど……」 そう、自嘲気味に言う山形母に礼を言って、姫星を起こしに行く雅史であった。 朝食を取りながら山形と簡単な打ち合わせをした。 今日は山形が美良を案内した順に連れて回ってくれるのだが、山形は午前中は役場の仕事をしなければ不味いので、午後から案内してもらう事になっている。 そこで、今日は村の長老の一人に村の由来を聞いた後に、姫星の着替えの調達に出かける予定にした。車で三十分程行った所にショッピングモールがあるそうだ。 とりあえず、姫星の着替えを調達しなければならなかった。黒のゴスロリ服は雅史的には『有』なのだが、この村の日常には不釣り合いだ。山形母が娘の服を貸してくれると言っていいだした。「こんなメンコイ娘さんが着てくれるのなら服も喜ぶのにー」 山形母はニコニコ顔で言ってくれたのだが、本人不在で勝手には出来ないと丁寧に断ってしまった。山形の妹は、大学に通うために隣の県で、下宿生活しているのだそうだ。 まず、長老の伊藤力丸氏の家に向かった。家の呼び鈴を鳴らすが反応が無い。どうやら留守のようだ。「あれれ、畑仕事に行ったのかな……」 雅史は家の隣にある田んぼに、視線を移してみたが誰もいない。どうしたものだろうかと思いあぐねていると、隣家の人が家から顔をだした。「その家の爺様は、朝から山に薪拾いに行ったから当分帰って来ないよ」 都会だろうが田舎だろうが年寄は早起きで働き者なのだろう。事前に電話しておくべきだったのを失念していたのだ。どうも、雅史は焦る気持ちばかりが優先し
大型のショッピングモールは遠鳴市に有り、複数ある店は東京でも馴染みのがある店舗が多い。デートの時にショッピングを付き合わされた雅史は、知っている名前を思い出していた。「きゃあ、可愛いーーっ」 ズラリと並んだ可愛らしい服に、姫星のテンションは上がってしまっている。姫星は雅史を置いてけぼりにして、一人で服と姿見鏡の間を往復している。女性の買い物に付き合うのが苦手な雅史は一休みする事にした。「向こうの柱の処にあるベンチで待ってるからね」 姫星が服を選んでいる間、雅史は通路のそこかしこに設けられているベンチに座った。隣を見ると中学生ぐらいの男の子集団が対戦ゲームをしている。 この手のモール店は、客サービスで無料の無線LANを用意している事が多い。子供たちの格好の遊び場になっている。 席が近いので彼らの会話が耳に入って来た。どうやら、この夏休みに肝試しを計画している話題らしい。「でも、あっこの村まで行くのタルイっしょ」「先輩方はチャリで行ったらしいよ……」「あの変な看板のあるトンネル抜けるだけでも、十二分に肝試しになると思わね?」 雅史はピクリという感じで反応した。(変な看板のあるトンネルって……霧湧村の入り口に或るトンネルか??) 霧湧トンネルの入り口にあった奇妙な看板を思い出した。確かに誰が見ても変な看板だ。「でも、あそこの神社はマジでヤバイって噂だぜ?」「神隠しに遭うって話か?」「実際に行方不明になった奴がいるって先輩が聞いたと言ってた」 少年たちは携帯ゲーム機から目を離さずに喋っている。昔は考えられなかったが、これでも彼らは一緒に遊んでることになるのだ。(むぅ……トンネルに神社……どう解釈しても霧湧村の事だよな……) 雅史は黙っている事が出来なくなった。「あの…… その話。 もう少し詳しく聞いてもいいかな?」 雅史は中学生たちの方を向いて、それと無く質問してみた。「オジサン…… 誰?」 いきなり話しかけて来た雅史に、中学生たちは怪訝な顔を向けた。「霧湧村を取材しに東京から来たんだ。 さっきの話で出てた変な看板のあるトンネルって、霧湧村の入り口にある奴だろ?」 昨日見かけた看板の話を中学生たちにした。雅史の話に興味を示したが、お互いに顔を見合わせている。「いや、知らない人と話しちゃ駄目っていうし……」 今は男の子で
姫星に頼み込まれた少年たちは喜んで話を始めた。「自分たちの中学の先輩たちから、伝え聞いた話なんですが……」 少年たちが言うには、昔肝試しに行った中学生が行方不明になったという噂だ。 二十年ほど前に霧湧村の中学生たちが、神社で肝試しをおこなったそうだ。神社の鳥居の所から灯り無しで、本殿に行き中に紙を置いて来る。ただ、それだけの肝試しだ。 最初の一番目は無事に帰って来たが、二番目と三番目が帰って来ない、最初は二人が示し合わせて悪戯しているのだろうと思って、鳥居の所で小一時間ほど待ったが帰って来ない。声をかけながら神社を探し回ったがやはり居ない。 流石に不味い事態になったのかもしれないと、一旦帰宅して夜中にも関わらず自分の父親に相談した。「あの神社は遊びで行く場所じゃないと言っておいたろうが!」 話を聞いた父親は叱ったが、行方が分からない二人を放っておけず、自ら神社に向かった。そして神社の本殿に入って、中学生たちが居ないのを確かめた。事態を重く見た父親は、直ぐに村中の男たちに声をかけた。そして村中を捜索したが見つからない。ついには山狩りまで行ったがやはり見つからない。(さて、どうしたものか?) 一同で思案していると、村の長老が『コケシ塚』の石蓋をどけて見ろと言い出した。二メートル位の正方形で、重さが数トンはある奴だ。 村中の男たちでロープと滑車を使ってエンヤコラと石蓋を退けてみると、そこには二メートル四方の石室があって、中に行方不明の二人が居たんだそうだ。 石室は石蓋以外に出入り口は無い。数トンの蓋を中学生二人で持ち上げる事などは不可能だ。一体どうやって中に入ったのかは当人たちも分からない。 神社の境内を歩いていて『急に景色がグラリとしたと思ったら気を失った』と言っていたそうだ。あとは発見されるまで気を失っていたらしい。 村人たちも分けが判らず、中学生たちの悪戯ということで落ち着いたらしい。先の村の長老の話では、昔から良くある神様の悪戯だそうだ。「ふむ、そういう噂もあるのか。 いや、どうも有り難う。 とても参考になったよ」 雅史は少年たちに礼を言った。聞いてみれば学校の怪談や都市伝説程度の噂話だった。それでも引っ掛かりがある。 『行方不明』というキーワードだ。雅史は霧湧村に帰ってから、山形に『コケシ塚』にある石蓋の事を質問してみようと考
伊藤力丸の話。 午後になったので宝来雅史は月野姫星の二人は、山形誠を迎えに霧湧村役場に行った。誠は役場の入り口で二人が来るのを待っていた。「どうも、すいません。 伊藤さんとお会いできなかったそうですね?」 誠は車の助手席に座りながら言った。姫星は入れ替わりに後部座席に移ったのだ。「はい、午後には戻るとの事でした」 伊藤家の隣人から聞いた話を誠に話した。誠は『年寄は朝が早いですから』と笑いながら相づちをうっている。「それじゃ、伊藤さんの家に寄ってから、神社・毛劉寺の順に回って行きましょうか?」 誠は今日中にすべてを回るつもりだったのだ。「はい、でも神社に行く前にコケシ塚に行って見たいです」 雅史は実際にコケシ塚を見てみたくなったのだ。「コケシ塚…… 良くご存知ですね?!」 誠はびっくりしたように雅史を見た。「ええ、ショッピングモールで聞いたんですよ」 ショッピングモールで聞いた噂話に出て来たのだと説明して置いた。「でも、月野さんはコケシ塚にはお寄りになってませんよ?」 誠は怪訝な顔をしているが立ち寄るのは嫌がっている素振りは無さそうだ。「伊藤さんに霧湧神社の由来と、コケシ塚の関係を聞いて、それからコケシ塚に回りたいんですよ」 そんな会話を交わしながら三人は、村の長老である伊藤力丸宅に話を聞きに向かった。 三人が尋ねると長老は玄関先を掃除していた。誠の話では連れ合いは五年前に他界していて、今は独り暮らしなのだそうだ。「初めまして、宝来雅史と申します」 雅史が最初に挨拶して頭を下げると、姫星も一緒に頭を下げた。「ああ、今朝方に来てくれたそうだね。 二度手間かけさせて済まないのぉ」 姫星が着ている黒のゴスロリ服にビックリしたようだが、直ぐに何もなかったかのように話し始める。好々爺とした力丸爺さんは、家の縁側に招いてくれた。縁側には茶器とお茶請けがあり、待っていてくれたようだ。「コケシ塚の事を教えて頂きたいのですが……」 雅史は単刀直入にコケシ塚の事を尋ねる事にした。「人が人になるためには、人の理(ことわり)が正しくに働くことが重要じゃ。 ところが、中にはそうなることが出来なかった者も生まれて来る」 力丸爺さんはゆっくりとした調子でしゃっべている。「遺伝子異常…… 障害を持って生を受けた子供たちの事ですかね?」 雅史は
山間にある集落に昔から伝わる伝承に、夜の山道で声をかけられても、決して返事をしては『イケナイ』、振り向いても『イケナイ』とある。 夜中に山道を歩き回るのは物の怪ぐらいだからだ。そして、返事を返すと魂を抜かれるてしまうとも伝えられていた。 現代のように日本の隅々まで街灯で照らされていたり、明るい懐中電灯なども無い、真の暗闇が支配していた時代だ。仕方が無いのかもしれない。 そういう怖い話を小さい時分から聞かされていた吾平という村人。 ある時、隣村の庄屋まで使いを頼まれて行ってきた。使いの労いにと、隣村の庄屋の家で御馳走になった吾平は夜遅くに山道を越える事になってしまった。 体格は良いが小心者の吾平は、隣村の庄屋から借りた提灯一つで、トボトボビクビク歩いていた。手に持った提灯では灯りが足りず、足先が闇の中に消えているような感覚に襲われていた。 そんな時に運悪く旅の親子が山道を彷徨ってしまった。 本来なら陽が落ちる前に、旅籠等に泊まるべきなのだったのだが、連れていた幼子が熱を出してしまい、目指していた旅籠がある宿場町に辿り着けなかったらしい。 自分の手ですら見えない闇の中で母親は困り果てていた。そんな時に暗闇の中を動く灯りを見つけた。心細かった母親は天の助けとばかりに灯りの元に駆け付け、提灯を灯して歩いていた村人の吾平に語りかけた。「…… あの…… もし……」 母親はごく普通に声をかけただけだった。「ひ、ひぃ~~~~」 突然の呼びかけに動揺した吾平は思わず手にした鎌を振り回してしまった。吾平は隣村からの帰りだったのだ。何時間も暗闇の道を歩いて来た吾平はすっかり怯えていたのだ。 目を瞑ったまま滅茶苦茶に振り回した鎌は、運悪く母親の首に当たり、そのまま切り落として殺めてしまったそうだ。「……!」 吾平は旅の母親を切り殺した事で冷静になってしまった。そして、改めて人間を殺してしまった事実に吾平は恐ろしくなり、そのまま村に逃げ帰ってしまった。 吾平は家に帰っても、その事は誰にも伝えるつもりは無かった。しかし、小心者の吾平は連日のように、何かを探す首の無い母親の悪夢にうなされた。すっかり参ってしまった吾平は、あっさり庄屋に白状したのだった。「事故と言えば事故なのだ。 しかし、亡骸をそのままにしておくのは良く無い。 丁寧に弔ってやりなさい」 話を
そこまで話して力丸爺さんはお茶を啜った。喉が乾いたらしい。「じゃあ…… コケシって子供を消すって意味なんですね」 長老の話を黙って聞いていた姫星はポツリと漏らした。『コケシ塚』は『子消し塚』なのだと姫星は思ったのだ。(人は生きる為なら、どこまでも醜くなれるんだね……) 口にこそ出さないが、姫星の素直な気持ちだった。「私の婚約者…… こちらの娘さんのお姉さんなんですが、こちらの村を来訪した後に、行方不明になっているんです」 雅史は姫星の方を手で示した。姫星はペコリと頭を下げる。「ちょっと所要が有って隣町のショッピングセンターに行って来たんですが、そこで知り合った少年たちから、コケシ塚にまつわる話を話を聞きました」 力丸爺さんはピクリと反応をした。「昔、行方不明者が出た時に、コケシ塚の石蓋を開けて、行方不明だった少年を見つけたとの噂も聞いております」 力丸爺さんは雅史を見つめたまま無言だった。何だか雅史は値踏みされている気分になって来た。「コケシ塚の石蓋を開ける事は出来ませんかね?」 雅史は石蓋を開けてくれるように頼み込んだ。誰かの所有物という訳では無いが、勝手に開けるのは気が引けるものだ。「中には誰もおらんよ」 力丸爺さんはにべも無く答えた。「え? なぜ、居ないと判るんですか?」 雅史は即答されて戸惑ってしまっている。「中に何かがあると観印(みしるし)が石蓋に現れるんじゃよ」 老人は戸惑っている雅史に説明した。それは、石蓋に石が載っているのだそうだ。載せ方に独特の癖があるのだが、代々の長老以外には教えない決まりなのだそうだ。そうしないと悪戯する馬鹿者が必ず現れるからだそうだ。「それで、今回は出ていないと……」 雅史が尋ねると老人は頷いてみせた。雅史は落胆の色を濃くしてがっくりとうなだれてしまった。「今朝方、掃除の時に確かめてみたが、観印は出てはおらんかったんじゃ……」 力丸爺さんはそう言って黙り込んでしまった。そんな力丸爺さんの様子を姫星はじっと見ていた。「でも、見るだけなら何とも無い、気になさるのなら一緒に行きましょうか……」 力丸爺さんは縁側を立ち上がり三人を手招きした。コケシ塚は力丸爺さんの家から十五分程歩いた場所にある。 一行は車では無く歩いて移動する事にした。 到着したコケシ塚は十メートル四方くらいの空
雅史は霧湧村で起こっていた、数々の異常現象の原因は、山が崩壊する時の微振動だったのではないかと推理していた。岩同士がこすれ合うと、電磁波を起こすのは良く知られている事だ。 いきなり空き家が地面に吸い込まれて行ったのも、崩壊前の地面移動に従って岩盤に隙間を作ってしまい、そこに飲み込まれたのだろうと推測している。「彼等にとってそれが精一杯なのかも知れないね……」 神様といっても人間に都合の良い存在とは限らない。「そういえばお寺で私が聞こえていた異常な周波数の音ってどうして発生していたんですか?」 姫星は霧湧村の寺で幽霊が見えるとパニックに成っていたのを思い出した。高周波は新設されていた、監視カメラのスピーカーで再生できるが、低周波はそれなりのサイズが無いと無理なのだ。 そして幻覚は高周波より低周波の方が見えやすいとの研究結果もある。「推測だけど、山体が崩壊する時に、石同士の摩擦で発生した音が、洞窟か何かで増幅されたんじゃないかと思う」 あの時に逆送波を作るために録音したデータはまだ持っている。そのうち解析してみようと思うが今は暇が無い。崩壊した霧湧村を管轄する県庁の土木事務所から、詳細な情報の提供を求められているのだ。「そういえば動物たちも逃げ出してたわ……」 霧湧神社の帰り道で出くわした猪や鹿を思い出していた。あの動物たちも助かったのだろうか。確認する手段が無いのがもどかしかった。「うん、動物は人間には聞こえない周波数も聞こえるからね。 人間が幻覚を起こせるくらいの異音だと、動物たちにも酷い影響が出たんだろう」(そういえば怯えた目をしていたっけ……) 姫星が思い出してると、ふと疑問に思う事があった。「…… そういえば、どうしてまさにぃは何とも無かったの?」 パニックになって泣き出した自分を励ましながらも、冷静に対策法を考え着いた雅史を思い出したのだ。「ぶほっ!…… 人間、年を取る
宝来雅史の研究室。 行方不明だった月野美良は、自宅の居間にいたところを母親が見つけていた。 母親が庭先で洗濯物を取り込んで、家に入ったら居間の長椅子に座って居たのだそうだ。外から帰って来た様子も無く、行方不明になった時の服装のままだったそうだ。 今は美良が体調不良を訴えたので検査入院している。妹の月野姫星は姉の着替えを持って行ったり、本を差し入れしたりして、毎日のように病院に通っていた。そして、帰り道のついでに宝来雅史の研究室に立ち寄るのを日課にしていた。 両親が姉に行方不明の間、どこに居たのかと尋ねたが、要領の得ない返事しかしないらしい。雅史や姫星が尋ねても同じだった。あまり問い詰めると、また居なくなりそうなので、今はあやふやなままにしている。 『話したくなったら自分で言うのではないか?』 そう母親が姫星に言っていたそうだ。それもそうかと雅史は納得する事にしていた。「結局、収穫はこの陶器の欠片一つでしたね……」 姫星は欠片をひっくり返したり、手にかざしたりしながら言った。祭りの後で霧湧神社に仕舞われたはずだった。しかし、欠片は車の後部座席に毛布に包まれていたのだ。毛布を片付けようと持ち上げた処、ポロリと落ちて来たのだ。「きっと姫星ちゃんの言った通り。 あの小石に山の荒ぶる神を封じていたんだと思うよ。 逸れを解放した事で、神様の力を制御する術を失って、山体崩壊を招いたんだろう」 雅史は研究ノートに書き込みをしながら姫星に説明していた。確信がある訳では無いが小石が割れたのが始まりだったと考えている。 姫星は欠片を見ていた。人形の様な模様があり、その右手のらしき部分にバツ印が付いている。「じゃあ、あの時に村から逃げる時に一緒にいたのは……」 姫星は欠片を人差し指で突きながら言いよどんだ。姉の美良にそっくりな謎の人物。結局、一言も言葉を交わさずに笑っているだけだった女性だ。「何だったんだろうね…… どちらにしろ、正体を暴こうとか探ろうとかは思わない方が良いのかもしれないね&h
車は猛スピードのまま土砂崩れの先頭に躍り出てきた。車のバンパーがアスファルトに触れて火花を散らしながら外れていった。 姫星は後ろを振り返りながら、押し寄せる土埃が人の形になるのを見ていた。それは大きく口を開き、目に当たる部分が窪んで黒くなっていた。 伝説のダイダラボッチとはこんな風だったに違いない。そのダイダラボッチが土埃の手を伸ばしてきた。ブボォォォォッ その手が届きそうになる寸前に、雅史の運転する車は霧湧トンネルの中に飛び込んでいく。速度の出ていた車は物の一分もかからずにトンネルを抜け、砂ぼこりを立てながら反対がわの出口から躍り出て来た。 そして、そのタイミングを見計らったようにトンネルは横滑りしながら崩れ去って行った。「キャハハハハハッ」 その間も美良は後部座敷で笑い続けている。 そして、トンネルが流れていくのが合図だったかのように、押し寄せる土砂や土埃がパタリと止んだ。「まさにぃっ! まさにぃっ! もう大丈夫っ! 土砂がいなくなった!!」 姫星は後ろを振り返りながら叫んだ。雅史は急ブレーキを踏み、車は横滑りしながらも、つんのめるようにして停車した。車はデコボコに窪んで傷だらけになっている。まるで廃車寸前の車のようだ。 雅史はハンドルに突っ伏して肩で息をしている。ドロドロと大地を震動させていた音は止み、粉塵が風に吹かれて青空が見え始めた。 山体の崩壊が終ったようだ。始まりから終わりまで二十分も掛かっていないはずだが、雅史には一時間近く掛ったような気がしていた。 姫星は助手席からヨロヨロと表に出て、村があった谷の方を見た。そこには田園風景が広がる長閑な村の風景は無く、一面が茶色の土だらけの光景が広がっていた。「みーんな、無くなっちゃった……」 姫星は涙声になっていた。姫星は全身が灰を被って泥だらけになっている。「ああ、村も川も畑も…… 何もかも土砂の下になっちまったな……」 緊張の連続の脱出ドライブから解放された雅史は、フラ
村から続く山道。 家ほどもある大きな岩が転がって来た。雅史は車を止めようとしたが、後ろからは土砂が迫って来るのがサイドミラーに映っている。転がって来る岩は大きく跳ね上がったかと思うと雅史の運転する車を飛び越えて行った。「あんな小っちゃい石にそんな力があったのかっ!」 村長が割れた石を手に持って嘆いている様子を思い浮かべていた。子供のこぶしぐらいの石だったはずだ。「物理的な大きさが問題じゃないの、自然と言うのはその力をどこへ向かわせているのかが重要なの。 その方向を制御してたのが小石に宿った神様で、居なくなってしまった余波が、村で起こっていた怪異現象だったのよ」 姫星は、力の向く先を制御する術を失った流れが、暴走したのかもしれないと思い付いたのだ。「石と言うのは只の象徴なの、それを全員が信じて念じる。 その行為に意味が発生するの。 発生した御霊の流れに意味を持たせて、漠然とした流れに方向性を与える。 その流れを作物育成の力に載せてしまう。 それが『神御神輿』の祭りの意味なのよ」 自然エネルギーという考え方なのだろう。風水の考え方だと龍脈と呼ばれている。「だから、公民館にあった仏像を、元の場所に戻す必要があったんだ」 雅史がハンドルを握ったまま怒鳴り返した。車の左手から見える、対岸にあった民家が土砂に呑み込まれていった。「それをコソ泥が奪ってしまって事故で一緒に燃えてしまった。 だから、均衡が保てなくなってしまった。 不均衡な力の働きは山体崩壊を招いてしまったのよ」 道路に入った地割れから土ぼこりが巻き上がっている。その土ぼこりに車は付き抜けた。いきなりだったので避ける暇がなかったのだ。「山を滅茶苦茶にする程のエネルギーを放出しているのか?」 雅史はハンドルを握ったまま姫星に尋ねた。(ええっ? 山が横に滑っている!?) 姫星が見ている内に山が形を崩して行く、地面が圧力に耐え切れずに横滑りを起こしているのだ。「くそっ! 道が曲がりくねっている!!」 車の中で左右に身体が激しく振られている。だが、速度
「にゃあっ!」 急な発進で姫星が悲鳴を上げた。どうやらシートの頭部クッションに頭をぶつけてしまったらしい。「まさにぃ…… どうしたの?」 姫星が不思議そうな顔で聞いてきた。頭をぶつけて目が覚めたらしい。「山が崩れ始めているっ!」「グズグズしてると巻き込まれてしまうそうまなんだよ!」 姫星は慌てて山を見て驚いた、どこを見ても黒い土煙りに覆われているのだ。一方、後部座席の美良はニコニコしていた。 雅史は北のバイパスに向かうのは諦めていた。村人が殺到して渋滞するのが目に見えていたからだ。渋滞しているところに土砂崩れに襲い掛かられたら終わってしまう。 そこで、雅史たちを載せた車は、霧湧トンネルを目指すことにしていたのだ。舗装していない道路を砂ぼこりを上げながら疾走させていた。すると走っている右手の森が動いているのが見えた。「まずいっ こっちでも崩れ始めたっ!」 一本の木が道の前に横たわっていた。しかし、バックミラーに後ろから土砂崩れが襲い掛かってくるのが見えている。 雅史はやむなく直進を続けた。道路の端と森の際に、無理やり車体を押し込んで、抜けようと考えていたのだ。すると、倒れた木の根元に大きな石が乗り上げて木を跳ね上げた。 シーソーのようだった。塞いでいた木が跳ね上がった隙に、雅史たちの乗った車は通り抜ける事が出来た。(シーソー……… 均衡…… っ!!!) 姫星はハタと気がつく。跳ね上がった木は車が通り過ぎると轟音を立てながら再び道を塞ぐように倒れてきた。「そう言う事なのっ! やっと、今になって意味が分かったっ!」 小型車並みの大きさの岩が目の前に転がり出てきた。雅史はハンドルを操りながら左によけ、今度は木にぶつかりそうになったので左によける。「何が分かったんだ?」 落ち来る石や枝を避けようと、雅史の運転する車は右に左にと揺られている。姫星の身体もそれに合わせて一緒に揺られていた。
日村の自宅 いつの間にか夜明けの時刻になっていた。宝来雅史は日村の自宅に居る。婚約者の月野美良も、日村の自宅に居る事が分かって、ひと安心したい所だ。だが、日村の自宅が崩れる危険が差し迫っていた。 雅史は家の奥座敷に居る美良を迎えに来ていた。何の事はない、ずっと同じ村にいたのだ。 部屋に入った時。美良は水色のワンピースを着てソファに腰掛けていた。「美良っ!」 雅史を見た美良はニッコリと微笑んだ。そして、美良の膝に頭を乗せて姫星がスヤスヤと寝ていた。美良は、そんな姫星の頭を優しくなでていた。「美良…… 無事で良かった…… とにかく一旦、外に出よう。 この家が崩れそうなんだ」 美良はニコニコしている。色々と聞きたい事があるが、今は逃げる事が優先だ。「美良…… だよね?」 雅史は一瞬見とれてしまった。見間違うはずが無い、どう見ても『月野美良』だ。ギ、ギギィィィッ…… 日村の家が歪み始めた。天井から埃がパラパラと落ちてくる。天井を睨んだ雅史は焦った。「姫星。 姫星っ! 起きてっ!」 雅史が美良の膝で寝ている姫星の肩を揺すった。「もう…… 朝ゴハンなの?」 姫星は寝ぼけているようだ。美良はそんな姫星をニコニコしながら見ていた。「逃げよう、この家に居ちゃ駄目だ」「ふぁっ?!」 雅史は美良の手を引いて立ち上がらせ、姫星を押し出すようにして部屋を出た。ヴォォォ~~~ン 雅史たちが家の玄関から出てきた時に地鳴りが一際大きくなった。地面も揺れている。そして、それが合図だったかのように、霧湧村を囲んでいる山々が震え始めた。 やがて、ドロドロゴロゴロと重低音が鳴り始めた。山の崩壊が始まったのだ。「山から煙が出てるぞ」「なんだあ?!」「山が動いている!!」 みんなが山を指差している
ヴォォォ~~~ン 唐突に大きな怪音が響き、日村の家がミシミシと音を立てて揺れ出した。昨夜からの怪音騒ぎが無ければ地震と間違えてしまう程だ。余りの揺れに、雅史のバッグが椅子から落ちて中身が、居間の床に散らかってしまった。(ああ、しまった…… え?) 雅史は慌ててバックの中身を、鞄に戻そうとしたが、ある物を見つけて固まってしまう。 コンパスだ。 雅史のコンパスが、床の上に鞄の中身と一緒に落ちていた。しかも、コンパスの針が北を示さずにゆっくりと回っている。普通は一度方角を示したら動かないものだ。そうしないとコンパスの意味が無い。(なんなんだ? コンパスの針がクルクル回ってるじゃないか……) また、『磁気異常』という不可思議な現象が発生していると考えた。この事実に霧湧神社で気づいた時には、コンパスの針は十度ほど針のズレだけだったが、今見ているのはフラつきなどと言う現象では無い。 恐らく磁気を帯びた『何か』が地下で動いている。そう考えるのが合理的だ。「…… まずいな……」 雅史は昨日の昼間に見た、空き家が地面に吸い込まれる現象を思い起こしていた。地下に何らかの原因があるに違いない。「昨日の空き家のように、この建物が崩れる可能性があります。 全員を表に避難させてください」 突然の事に驚き、天井に下がった揺れる照明器具を見ていた日村は頷いた。原因の究明の前に、まずは生きている人間の保護が先だ。どこが安全なのかは不明だが、少なくともこの建物よりはマシだと雅史は考えたのだ。「さあ、みんな一旦外に出るんだ」 そう、日村が声を掛けた。雅史が忠告するのは、危険が差し迫っているのだろう判断したのだ。室内に居た村人たちは全員バタバタと外に出始めた。「美良と姫星はどこですか?」 連れ出すのなら今のタイミングしかない、そう考えた雅史は日村に尋ねた。「部屋を出て左、廊下の一番奥です」 日村は居間にある
もう少しで夜明けという頃。日村家での話し合いは平行線で夜明け近くになってしまった。 宝来雅史は、このまま日が出るのを待って、月野姫星が見つけた月野美良の車で帰宅しようと考えていた。ここで目を離すと違う家に匿われてしまいそうだからだ。この村の人たちが、そこまでするとは思えなかったが念の為だ。 姫星は姉に会いに行くと言って奥の部屋に行ったままだった。恐らく寝ているのだろう。 その頃、村では違う騒動が起こっていた。上空で謎の光が目撃されているのだ。 雅史も山が光るのを見ていたが、早起きの村人たちが見たのは、雲が光って見えているのだ。夜明けの太陽が照らしているのかと思ったが、光っている雲と太陽は方角が違う。「ウテマガミ様が祭りの不始末を、お怒りなのではないか?」「やはり、もう駄目なのかもしれんな……」「地震の前触れではないのか?」 そこでウテマガミ様が、雲を光らせているのではないかと、話が独り歩きし始めていた。そのざわめきは瞬く間に村全体に広がって行く。 早朝にも関わらず、役場に電話する者もかなり居た。 『神御神輿』が失敗に終わり、ウテマガミ様の祟りを本気で信じているらしい。中には村から脱出しようと荷造りを始めた家もあった。「……雲が光っている?」 役場には当番の役人が居る。村人からの問い合わせの電話がひっきりなしに掛かって来ていると報告して来た。その電話を受けた日村は困惑してしまっているのだ。 日村の電話応答を聞いていた雅史は、居間の窓に寄って空を見上げた。ボンヤリとだが光っているのが分かる。 ある研究では、玄武岩や斑糲岩に含まれている細かい水晶などが、地盤変動で受けるストレスで放電することが判明している。 放電で発生した電荷は互いに結びつき、一種のプラズマ状態になる。蓄えられた電荷は大気中へ向けて放電され、雲に含まれる水の分子と反応して光って見えている。 『破壊発光効果』と呼ばれている現象だ。この現象は、大地震が発生した各地で観測されている。「なんだ? あれ??」
「おねぇちゃんの所に案内してください。 出来ないと言うのなら自分で行きます」 姫星は自分の隣に居た日村の奥さんに、姉の所まで案内してくれるように頼んだ。 日村の奥さんは困った顔をして日村を見返した。日村は仕方が無いと言う感じで頷く。「こちらへどうぞ……」 色々と不慣れな悪巧みはしているが、所詮は人の良い村人だ。姫星の希望はすんなりと案内されていった。 やはり、美良は日村の家に居たのだ。 月野美良(つきのみら)は日村宅の奥の部屋に居た。そこは客間らしく広さは十畳はあろうかという洋間である。姫星が案内されて室内に入ると、美良は窓から外を見ている所だった。「おねぇっ!」 姫星は美良に向かって抗議するように叫んだ。姫星に気が付いた美良はニッコリと微笑んでいる。「……」 姫星は泣きながら美良の胸に飛び込んでいった。「…… ずっと、ずっと心配してたんだよ……」 いつもそうしてくれるように、美良は姫星の髪を優しく撫でてくれている。 優しい姉は、久々に会った妹の頭を撫でながらニコニコしていた。「…… ? ……おねぇ? ……ちゃん??」 姫星は美良の顔を覗き込んで小首を傾げた。何かが違うのだ。 雅史は日村を追求したい気がしたが、今は堪える事にした。三人で無事に帰宅する事を最優先にしているのだ。犯人や動機の追及は雅史の仕事では無いし興味も無い事だった。ヴォォォ~~~ン 心なしか音の間隔が狭まっているような気がする。先程のような大きな揺れは無いが、小刻みな揺れならばある。 そして、怪音は日村の自宅を中心にぐるぐる回ってる様な気がしてきた。北バイパス道路。 警官たちは事故の現場検証の手伝いをしたり、遺体搬出後の後処理をしていた。事故の現場検証が済んでも彼らがお役御免になる事はまだない。事故の時に壊されたガードレールをかたずけたり、遺留品を片づけたりと忙しいのだ。 しかも、事故を目撃しているので、その調書も作らなければならない。それらが全て終わったら、やっと帰宅できるのだ。「明日の朝一でクレーンを手配して車を引き揚げましょうとの事です」 一緒に来ていた若い警官がベテランの警官に声を掛けて来ていた。「じゃあ、朝までここに居る事に為るのか…… めんどくさいな、ったく」 鎮火したとは言え、事故車にはガソリンが残っている。万が一にでも、事故車が再